めげない

 家呑みしたら記事を書くルールの徒然日記。

自分にしか出来ないことって何。


タイトル重っ^^しかしこれは年に数回は思ってしまう事柄ですな。




自分にしか出来ないことって今のところ見つからないし見つかりそうにもない。「ここを進めばいつか・・・」みたいな淡い期待も持てる入り口すらどこにあるかわからないし、あるかどうかもわからないし、自分が好きな事はわかるけれど得意なこと、といわれるとうーん・・・という日々。

私がずっと頑固に思い続けてきたことって結局「自分の生活で他人に迷惑をかけない」って部分だけかもしれない。私の親が私のためにしてくれた苦労は「迷惑」とは違うからそこは抜かさせてもらって、けれど私はずっと「人に迷惑をかけること」がすごく怖かったしいまもなおとても怖い。だから八方美人で人見知りでいいかっこしいで、めんどくさいと思うことばかり増えるのだと思う。金銭面、生活の端々、そりゃ空気読まないよね^^とかいわれたりもする人なので、人に対して不快感をもたらしてはいない、とはいえないけれど、「迷惑をかけたかもしれない」と思うことも「迷惑をかけられないから」と思いながら諦めることも、これからずっと続いていくと思うし、自分としては続けていきたい事なのだと思う。


家族以外に好きな人(恋人とか片思いの相手とか)を見つければ人生観って変わるのかな。今の生活は、したくてしたくてたまらなかった、ということでは全然ない仕事を、自分の生活のために続けている日々なので、少しこの件について考えることが多くなったかもしれない。来年の3月にはこの仕事をやめようと思っていたけれど、そうして次に私は何をしているのか、というビジョンも希望も予想も何もないことが、2年前は面白かったけれど、今はちょっとした危機感しか感じない。

次の仕事か・・・次の仕事ねー・・・私にいったい何が出来るんだろう。一通りは頑張ればそれとなく出来るかもしれない、となぜか(ほんとなぜ)自信過剰になるふしもある私なので、次の仕事を見つけた時にはその時にまた目標を自分なりに決めて、また「私が決めたんだから途中でやめたらカッコ悪い」っていう、そう考えることがすでにほんのちょっとカッコ悪いんじゃ(笑)みたいな、妙な頑固さで生活していくのだろうなと思いました。2009年も終わるよ。

今の仕事は「1年間絶対に続ける」というのが目標だった。それはもう3月で達成している。それなのに私ったらどうしていまもなおここにいるのだろうか、って考えたときに、他の仕事よりは多少金額がよく待遇もとてもよいから、としか言えないです。そこが原因なのかもな・・・

嵐さん5人でやられたこの映画を見ると、「夢を諦める」ことの素敵な側面をいつも思います。諦めるって、投げやりで努力が足りなくて地道を避けて何も考えずにやれること、では決してないし、諦めるってとってもせつないことだと思う。諦めなくてはいけない瞬間というのは、人それぞれ色々な場面にあると思う。高校の卒業式が私にとってのそれだった気がする。夢も見つからないお金もない人にも卒業式の日は訪れるから、とってもとっても理不尽だなとすごく強く思った。だけど同時に自分から沸き起こる熱いものがまったくなくて、それじゃしょうがないなって諦めてもいた。

・・・思いのほか暗いエントリになったけど(笑)うちの姉がね、私とまったく正反対の性格をしてて、自分が選んだ仕事を体を使って頑張ってこなしているんでね、ちょっと考えちゃったり。でも卑屈になったりイライラしたりしないのは、やはりあの姉ならではなのかもしれない、と最近思ってます。24歳かー。自分がまさかこんなに年齢を重ねているなんて、感覚的にいつも驚く。中身はまだ高校生半ば、ぐらいだな(おい)